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2007 04,22 20:13 |
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「Where does this ocean go? sec:1 ルークの事情」
ルークの受難その1 ルークは、俯いて、自分の拳ばかりを見つめていた。 機嫌の悪いジェイドと二人っきりで同じ部屋にいるというのは、気疲れする。 ここが慣れない城の中だというのも、それに一役買っていた。重苦しい調度に囲まれて、ルークは重苦しさで窒息しそうだった。 「なあ、ジェイ――」 息を吸うようにルークが口を開いたのと、部屋の扉が乱暴に開け放たれたのは同時だった。 ルークは大きく目を見開く。そこにいたのはガイだった。 その表情はどこかで見た事がある気がして、ルークは一歩後ずさった。あれはいつだっただろうか。前に彼のあの顔を見たのは、 屋敷のあちらこちらにある赤い水たまり。血の色に濡れたガイの、少し変わった形の剣。 銀色に光るナイフ。切り落とされる赤―― 窓ガラスを割って入ってきた、強い力で自分の手を引いた、何一つ話など聞いてくれなかった。 ルークは力なくかぶりを振った。寄るな。来るな。来るな! 「――来るなぁっ!」 引っくり返った声で、ルークは叫んだ。こないでくれくるなくるんじゃない! ガイが何かを叫んでいる。だが自分の声で聞こえない。ジェイドが何かを言っている。 ルークは唐突に温かい腕に抱き寄せられた。次の瞬間、首筋に痛みが走る。 遠くなる光のなかで、ルークは自分が泣いていることに気がついた。 Where does this ocean go? sec:1 ルークの事情 建国祭が近いせいか、どことなく浮き足立った街をぶらつきながら、レガートは貴重な丸一日の休日を満喫していた。 今は帯刀はしていない。まだ手に入れたばかりの力を抑えるためには、できるだけあの重苦しい剣を持ち歩くことが必要だと、ジェイドに言い聞かされてはいたが、しかしこの安全なグランコクマの中では必要になるとも思えなかった。要はあれを使いさえしなければいいのだ。 それでも、ちょっとしたことで、突然不安定な力が暴発してしまわないように、音素の働きを抑えるアクセサリだけは身につけていた。ピオニーの髪飾りと同色の円環が、白い陽の光にきらめく。 平和だ、とレガートは思った。喧嘩をしたのか泣いている子供、着飾った女性達の笑声、見回りの兵士の立てる軽鎧の音。絶えることのない譜業の滝の音は、どこか恵みの雨音のようでもある。 平和だ、とレガートは思った。ここにいると、三ヶ月前まで別の大陸の雪山にいたということが、まるで夢みたいに思えてくる。ましてやそこで人知を超える力を手に入れたことなど、誰が想像できようか。 とはいえ、レガートにとっては、雪山にいた間のことはそれこそ夢に等しかった。ジェイドに置いていかれてから、再び回収されるまでの一ヶ月間の記憶が、何故か丸々吹っ飛んでいるせいだ。 白く吹き付ける雪の中で意識を失ったというところまでは覚えている。が、次に目を覚ましてみると、いつの間にか周囲の地形はすっかり変わり、自分には妙な力までついてきた。しかしそれを近くで見ていたと言うジェイドは、レガートに起こったことについて深くは聞かず、また語らず、つまりは何かを隠しているということが非常に明白だった。 ジェイドの話を信じるならば、レガートは一ヶ月もの間、突然現れた氷柱に閉じ込められていたと言う。いかな物理的干渉も、高等譜術さえも受け付けなかったというそれを、氷柱というなら、の話だが。 しかし、その間のことで、レガート自身に残っている記憶はほとんどない。気がつけばジェイドに救助されていて、ついでにいつのまにかマルクト軍への入隊も認められていた。 浮かれたはいいものの、最初に回された仕事は陛下の小間使い――もとい、ブウサギの世話係だった。同年代の兵士達には、皇帝に近づける仕事だと言うことで最初は羨ましがられたが、しかしその実態を目撃される回数が増すにつれて、どちらかというと同情されることの方が多くなってきている。何頭ものブウサギの首に繋がったリードに引きずられているのを見られては、頑張れよ、と生温かい表情で肩をたたかれ励まされるのは、既に日常茶飯事だった。 どちらかというと楽な仕事に分類されているのはわかっているし、ありがたいというべきなのだろう。同年代の兵達はもっとハードな訓練を受けているのだ。 軍学校出でもないくせに、既に士官候補生に近い扱いを受けているレガートは、嫉妬の的になることもよくあった。が、それもブウサギ係とで相殺されてしまうことも同じくらいよくあった。 つまりレガートのマルクト軍における立場とは、そういうものだった。 ふと顔見知りの少年の姿を見つけて、レガートは足を止めた。声をかけようかと思ったが、止めておく。彼の腕に腕を絡めた、少女の姿も一緒に見えたからだ。 真昼間から薄暗がりに消えていく二人を見送り、レガートは通りを、反対の繁華街のほうへと下っていった。 彼は恋をしているのだろうか、とレガートは思った。そういう風には見えないタイプだったから、少し意外だった。 レガート自身はまだ恋をしたことはない。友人とそういう話になっても、まだ彼にはそういうことはよくわからなかった。 いいなと思った異性がいない訳でもない。しかし、行動を起こす気にはなれなかった。第一、死霊使いの養い子というだけで、大抵の女の子は引いてしまうのだ。 それでも寄ってくる人間がいたとしたら、それはよっぽどの物好きだろうが、今のところそんな勇者は一人も現れてはいなかった。 羨ましくないと言えば嘘になる。しかし、レガートには他にも、やるべきことが多くあった。 だから、少し頭の隅に止めておくだけで、そのときは深く考えようとは思わなかった。 思わなかったがまさか、自分がその任務をあてがわれるとも、レガートは思っていなかった。 だから、休み明けの次の日にいきなりピオニーに呼び出されるなり言われたことを、レガートは信じたくないがために聞き返した。 「…はい? 陛下、今、何て?」 「だから女装して、建国祭の警備に廻れ」 ピオニーは本気だった。隣でレガートの養い親がいつもどおりの、いや二割増くらい上機嫌の笑顔で控えていた。完全に面白がっているのだ。 「…何でですか?」 思いついた言葉は情けないことにそれだけだった。他になんて言っていいのかもわからない。 「上官の命令に『何故』は禁物ですよ、ルーク」 「俺はレガートだ」 「ついでに勤務中ですから、きちんと敬語を使いなさい」 ジェイドはレガートをからかい倒すつもりのようだった。性質の悪い微笑みを浮かべる整った顔面に、一発喰らわせてやりたい気分になりながら、レガートは出来るだけ無表情を取り繕おうとしていた。その試みが今のところ失敗しているのも、十分にわかってはいたが。 「…普通の軍服では何故いけないんですか?」 「当然、俺が楽しいからに決まってるだろう」 堂々と胸を張るピオニーに、レガートはすっかり反論する気もそがれてしまった。つまり、何を言っても無駄だと言うことを理解してしまった。 諦めても諦めきれないが、多分この皇帝は自分の命令を撤回する気など毛頭ありはしないだろう。彼はそういう人だった。 「大丈夫だ、お前一人では不安だろうから、きっちりエスコート役もつけてやる。俺には劣るが、いい男だから惚れるなよ」 「惚れません!」 まだ彼女も出来たことないのにこれじゃただの変態だ、と思ったのを見抜いているのだろうか、ジェイドがにやにやと笑いながら言う。 「既に衣装は出来上がってますから、せいぜい可愛らしい女の子に化けてくださいね、ルーク?」 「…衣装って、…女性用の軍服って意味、ですよね、カーティス大佐?」 わずかな望みを抱きつつ、頬を引きつらせながらレガートが問えば、ジェイドはやれやれと呆れたように――しかし口元は笑ったままで、肩をすくめた。 「まさか。そんな中途半端なことはしませんよ。最近流行りのシフォンのドレスで」 「もういい聞きたくない」 途中で言葉を遮り、レガートは頭を抱え、恨みがましい視線を目の前の性悪の大人たちに向けた。 「…何で俺だけそんな特別仕様なんですか。女装する意味がどこにあるんですか」 げんなりしてうめくと、マルクト国軍大佐と皇帝陛下は顔を見合わせ、似ていないのにそっくりな表情を浮かべた。 「お前からかうと面白いから」 「まあ、そういうことですね」 そんなわけで、レガートは入隊三ヶ月にして既に何十回目かの、軍へ入りたいなどと願った自分の軽率さへの後悔を、じっくり噛み締めたのだった。 PR |
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