2025 04,12 20:08 |
|
2007 04,22 20:04 |
|
「秘密に遭難」
雪山前フリ ルークとピオニーとジェイド 初出:2006/7/30 秘密に遭難 何ですってよく聞き取れませんでした、すみませんがもう一度言ってくれませんかねえ。そう笑顔で言った男の赤い瞳は、全く笑っていなかった。 だから俺はマルクト軍に入りたいんだってば。ルークは脅えながらもそう繰り返す。 目の前の男から放たれる冷気がより温度を下げ、そしてルークは次に来るであろう口撃から身を守るため、僅かに上体を後ろに退いた。 「何を馬鹿なことを言っているんですか生まれてからまだ十年も経ってない図体の大きなだけの赤ん坊が軍に入る? ついこの間まで貴族のお屋敷でさんざ甘やかされてきたお坊ちゃまが? 世の中を甘く見るのも大概にしなさい」 「でも、俺本気で…!」 「それ以上言ったらその口塞いで二度と無駄口叩けなくしてあげますよ。全くなんでまたそんな馬鹿なことを言い出したのか」 「まあジェイド。そんなに責めてやらんでも、せめて何でいきなりそんなこと言い出したのかくらい聞いてやれよ」 ジェイドの冷たい赤い眼とルークの驚きを隠さぬ翠の瞳が、唐突な闖入者に向かった。 「いきなり出てきて人の家の教育方針に口出ししないで頂きたいものですね」 死霊使いの与える威圧感を飄々といなして苦笑し、 「おいおい。子供の自立心を尊重してやるのも親の務めだろうが」 という訳でレガート、一体何があったんだ? そう笑顔で聞いてくる男は確か今頃は宮殿の執務室で仕事をしている筈だった。 一国の皇帝ともあろう者がこんなにあっさりと宮殿を抜け出していいのだろうか。ルークは少し不思議に思わないでもなかったが、とりあえず質問に答えることにした。 「マルクト軍に入りたいと言ったら怒られました」 「ふん? 何でまた軍に?」 「俺は強くなりたいんです。だけどジェイドは、剣も握らせてくれない」 ジェイドは苦々しい表情でルークを睨む。 「子供に無駄に刃物を持たせても危ないだけでしょうが」 「けどジェイドは俺に戦い方を教えてくれるって言った!」 「あなたがもう少し成長したらの話です。今はまだ早すぎる」 噛み付くように叫んだルークに、ジェイドが取り付く島もない態度をとるのを見て、ピオニーは苦笑らしきものを浮かべた。 「おいおい。こいつくらいの年齢なら、とうに剣の使い方くらい覚えていてもいいと思うがな」 「彼は見た目と中身に十年の差があることもお忘れなく」 ピオニーは、じろりと自分をにらみつけるジェイドに肩をすくめてみせ、 「だが少なくともこいつの見た目はそうだ。そして世の中は、こいつを見た目の年齢の通りに扱う。お前だってそのくらいはわかっているだろう? らしくないぞ、ジェイド」 そう言ってルークのほうに視線を向けた。 「お前もだレガート。何でお前は、そんなに強くなりたいんだ?」 「俺がもう少し強かったら、屋敷はあんなことにはならなかったかもしれない。…誰も死なないですんだかもしれない」 ルークの言葉に、しかしジェイドは話にならないとばかりに肩をすくめて見せた。 「それはありませんね。何せあのファブレ公爵すら屠った相手だ。ましてやあなた一人いたところでどうなるわけでもなかったでしょう」 「けど…!」 なおも食い下がるルークを宥めるように肩をつかむと、ピオニーは悪戯っぽい表情を浮かべた。 「まあまあ、ジェイド。それなら、いっそこいつをテストしてやったらどうだ?」 「テスト?」 「ああ。軍の入隊審査とは別に、おまえ自身がこいつを試すんだよ」 ジェイドはため息をついた。 「冗談じゃありませんよ」 「だがこいつがこれだけで引き下がるような奴じゃないのもお前はわかってるだろ」 ジェイドが押し黙る。ルークはピオニーとジェイドを見比べた。 「どうだ?」 はあ、とジェイドがため息をついた。それが了承の代わりなのだと、ルークが気がついたのは次の日のことだった。 彼は次の日に、ケテルブルクに連れて行かれた。知事だという女性への挨拶もそこそこに、彼らは雪山へと進路を取った。 どんどん人気の無い方に進んでいくことを訝しく思ったルークがジェイドに問いかけると、彼は適当なあたりで止まって、抱えていた大仰な荷物を下ろした。 「ここで一ヶ月ひとりで生き延びることができれば、あなたを認めてあげましょう」 「…へ?」 ルークはしばらくきょとんとして、辺りを見回し、それから叫んだ。 「いや、無理だろ、こんなところで一ヶ月なんて!」 「それが出来なければ、この話は無しです。わかりましたね?」 ルークは、ぐ、と反論に詰まった。びゅうびゅうと吹き付ける雪混じりの冷たい風が、容赦なく体温を下げていく。 彼はやがて、自分がジェイドに観察されていることに気がついた。探るような紅い目に、半ばやけくそになりながら叫ぶように答える。 「…ああ、わかったよ。やってやろうじゃねーか!」 「考え直すなら今のうちですよ?」 ジェイドの冷たい瞳が真っ直ぐにルークを射竦めた。それを真っ向から受け止め、吐き捨てる。 「お断りだ!」 二人はしばらく睨みあった。先に視線を逸らしたのはジェイドだった。 「…わかりました。なら、一ヵ月後に迎えに来ましょう。ただし、くれぐれも無茶はしないように」 「ああ。わかってる」 ジェイドは2、3の注意をルークに与えると、ひとりでさっさと下山していった。 その背中が雪の舞う風に隠されていくのを見て、震えた自分の掌を、レガートは無かったことにした。 「見てろ。…絶対に見返してやるからな」 PR |
|
コメント |
コメント投稿 |
|
trackback |
トラックバックURL |
忍者ブログ [PR] |