2024 11,23 15:58 |
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2008 08,03 17:53 |
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Where does this ocean go?
sec:5 「優しい約束」 やっと名前のところまでいけた… Where~はあと番外編ひとつで終了、予定。 Where does this ocean go? sec:5 「優しい約束」 二人はしばし見つめあった。そうするしかなかった。 一年ぶりの対面は、なかなか感動的だった。 先に行動したのはレガートで、彼はまず、シルフが置いていった仮面をガイの顔に乱暴に押し付け、つけろ、と無愛想に言った。 ガイはしばらくぽかんとしていたが、はやくしろ、とせっつかれて、あわてて頭の後ろで紐を結んだ。 「結界は?」 「と…解けてるけど」 「じゃあ出るぞ、ガイ」 「え」 「はやくしろ!」 言いながらレガートは、ぼうっと突っ立っているガイを押しのけるように、部屋を出て行った。 慌ててガイが後を追うと、レガートは、廊下の少し離れたところで待っていた。 「ジェイドが帰ってくる前に出るぞ」 「え」 「早くしないと間に合わないだろ」 何に、と尋ねるいとまは与えられなかった。 「ちょ、ルーク、俺は陛下の命令でお前の様子を見に来ただけであって」 「んなもん知るかよ」 げえっ、とガイが悲鳴を上げるより早く、レガートは考えを改めた。 「…そうか。おいガイ、陛下には、どういう風に連絡するんだ」 「そりゃ、城まで直接行って…」 「じゃあ俺もついていく」 レガートの言葉に、ガイは目を剥いた。 「ちょ、本気か?!」 「あったりまえだろ」 言うが早いか、足早に城へと向かうレガートに何とか追いつく。コンパスの違いもあって、遅れは玄関を出るまでに取り戻せた。 「なんでそこまで」 「んなもん決まってんだろ?」 レガートはじろり、と下からガイを睨みつけた。 「今日の俺はジェイドに山ほど宿題出されてるから、祭りになんかいけねーんだよ」 はあ、それが? と、ガイが首をかしげていると、昨日も一昨日も仕事だったしな、と彼は不機嫌そうに付け加えた。 「だから俺は遊びに行きたい気分なんだ。わかったか?」 まるで屋敷にいた頃のわがままお坊ちゃんのようなレガートの態度に、ガイはついつい、折れた。 だがしかしこれだけは聞いておかなければならないと思って、恐る恐る、尋ねる。 「…抜け出して大丈夫なのか?」 レガートに何か異変があったらまずい。特にこの場合、ジェイドを怒らせる可能性がある。 絶対にレガートと――ルークと顔を合わせないという約束は、この場合は皇帝の命令だったから無効だろうけれど、それにしてもここまでやってしまって大丈夫なのだろうか、という不安が、ガイの心に絶えず打ち寄せていた。 「ちゃんと策は考えてある」 きっぱりと、レガートがそういいきったのを聞いて、ならまあいいけど、とガイは頷いた。 ほんとかよ、と、少し心の中で疑ってはいたが。 「…ところでこの仮面はいつまでつけてたらいいんだ?」 「決まってるだろ、城までだ。どうせ祭りなんだから、誰も怪しみやしねーよ」 ガイは、いや、十分怪しい、と反論しかけて、やめた。 今の状態のレガートには、たぶん、何を言っても無駄だ。 懐かしい疲労感を思い出し、ガイは嘆息した。 「おーガイ、お疲れ…ところでなんだその珍妙な仮面は」 城の皇帝の私室に取次ぎなしで入れる特別な道を通って出るなり、行く道でさんざ視線を集めた仮面について突っ込まれ、ガイは疲労感を増した。 「…気にしないでください」 何とかそれだけ言って、まだ道の奥にいるレガートを呼ぶと、ピオニーは少し驚いたような顔をした。 道が埃っぽかったからか、こほこほと咳をしながらレガートは出てきたが、ピオニーの前に出ると居住まいを正して、こんなところから失礼します、と正しく礼をした。 「レガートか、なんでお前がここに? 勉強が嫌になってガイに連れ出してもらったか?」 悪戯っぽく笑って見せるピオニーだが、その瞳はどこか真剣だ。レガートはそれには気付かないで、かぶりを振った。 「違います。ちょっと頼みがあるんですけど」 「お前が頼みって珍しいな。で、何だ」 興味深そうな顔をして、皇帝はめったに我儘を言わない、臣下の少年を見つめた。 彼は口を開いた。 「祭りに行きたいんです」 ぎょっとしたのはむしろガイだった。言われた当人であるところのピオニーは、一瞬きょとんとして、ほう、と頷いた。 「叶えてやりたいのはやまやまだが…」 もろもろの事情で気軽に「いいぞ」とは言いづらいピオニーに、レガートはさらに付け加えた。 「陛下たちの心配事は、多分解決しました」 「うん?」 ピオニーが怪訝そうに先を促す。 「シルフとの契約が済んだので、たぶん、もう大丈夫です」 それを聞いた瞬間、皇帝のまとう空気が変わった。ぴり、と空間に電流が走ったような気がして、ガイとレガートは姿勢を正す。 しかし彼はすぐに、いつものような、少し人の悪い笑みを浮かべて、その雰囲気をかき消す。 「…その保証は?」 「…ない、ですけど」 言いづらそうにレガートが答えると、なら俺が許可を出すわけにはいかないな、とレガートは肩をすくめた。 「とはいえ、仕事漬けってのもかわいそうだ。…そうだな、まず、ジェイドに許可をもらったらいいぞ」 「本当ですか?!」 レガートの表情が目に見えて明るくなる。ピオニーが頷くと、レガートはじゃあいってきます、と駆け出そうとして、途中で振り向いた。 「あの、陛下」 「うん?」 「俺が戻ってくるまで、そいつここに留めといてもらえますか」 そいつ、といわれたガイは、目を白黒させて二人を見比べる。 「そりゃ構わんが…」 「おい、ルーク?!」 「じゃあ行ってくる」 言うなり、少年は嵐のように走り去ってしまった。 大人二人は、しばらくそのままの姿勢でぼうっとしていたが、そのうちぽつり、とピオニーが呟いた。 「…あんな子供らしいレガートは始めてみたな」 「そうなんですか?」 ガイは皇帝の表情を窺ったが、そこには何か意味のありそうな感情は浮かんでいなかった。 だが、すぐにピオニーは、何かたくらんでいるのがまるわかりの顔つきになって、言った。 「しかたないから、俺も骨を折ってやるか。おいガイ、ここに誰が入ってこようとしても取り込み中だっつって入れんなよ」 「は? ……ええっ?」 「ジェイド!」 軍本部のジェイドに与えられた私室に、元気よく飛び込んだ少年を、ジェイドはいつもの読めない笑顔で迎えた。 「おやルーク、騒々しいですね。結界が破られたとは聞いていましたが、まさかあなたが自分で開けたんじゃないでしょうね」 嫌味交じりのその台詞を、しかしレガートは大人しく受け取って頷いた。 「半分くらいそうかも」 肯定されるとはあまり思っていなかったジェイドは、どういうことです、と、いささか真面目に尋ねた。 レガートは先ほどピオニーにしたのと同じ説明を繰り返した。 ジェイドの赤い目がすっと細められる。何も言わない彼に不安になったのか、レガートはさらに続けた。 「俺が今日うちに閉じ込められることになったのって、シルフがここ最近俺の身体から離れかけてたからだろ? だから、もうそうしなくても大丈夫だって言いに来た」 「それで?」 「俺、祭りに行きたいんだ。駄目…かな」 表情ひとつ変えないジェイドがなにやら無言の威圧を放っているようで、だんだんレガートの言葉尻が弱くなる。 ジェイドは呆れたように、昨日も一昨日も行ったでしょう、と肩をすくめた。いやそうじゃなくて、と言い返すレガートは妙に必死だ。 「あれは仕事だろ? 俺は遊びに行きたいんだって」 「ふむ。…なら、陛下に聞いてきなさい」 「陛下は、ジェイドがいいって言ったらいいって」 レガートのすがるような態度に、ジェイドは溜息をついた。 「わかりました。…ルーク、少しその計器の前に立ってもらえますか。いつものように」 「あ、ああ」 雪山事件以来大佐の私室にとりつけられた、特殊な譜業装置を用いた計器の様子を、しばらくジェイドは観察していた。 やがて、なるほど、と小さく頷いて呟く。 「…数値も大分安定している。これならば大丈夫か」 「本当か?!」 「本当です」 ほっとしたようなレガートに、ジェイドはいつになく素直に頷いて見せた。 「じゃあ俺、行ってきてもいいか?」 「そうですねえ…ところで課題は終わったんですか?」 にやにやとジェイドが意地悪い声で言うと、レガートはうっ、と言葉に詰まった。 その様子を見て、さらにジェイドは笑みを深める。 「おやあ、まだなんですか? そうですねえ、それじゃあどうしましょうか」 「頼むよ、ジェイド」 いつになく殊勝なレガートに、ジェイドは溜息をついた。 「…ふう。しょうがないですね」 不穏な気配もすることですし、とは心の中だけで呟く。 え、と目を瞬かせるレガートに、ジェイドはもういちど、同じ内容をわかりやすく告げた。 「行ってきても構いません、と言ってるんです」 「ほんとか?」 いざ許されると、驚きの方が勝ったのか、マジで? ホントに? と、レガートは何度も重ねて尋ねた。 ジェイドがいちいち頷くのも面倒で、撤回しても構いませんが、というと、レガートはわかりやすく慌てた。 「あ、いえ、結構です! じゃ、俺、行ってくる!」 「はいはい。但し、あまりはめを外し過ぎないように」 「わーってるって! じゃあ、行ってくる」 言うなり部屋を飛び出して行く彼の背中は、どう見たって、年相応の子供の姿だ。見た目にはつりあっていないが。 そう思いながら、ジェイドは先ほどまでの会話を反芻し、まるで、ふつうの親子のかわすような会話だったな、と考え、そんな自分に苦笑した。 「というわけで、行くぞガイ」 慌しく戻ってきたレガートはそういって、いまだに現状把握をしきれていないガイを促した。 部屋を出ようとする彼らの背後から、土産は頼んだぞー、とピオニーが緊張感の欠片もない声をかける。 レガートは嫌そうに振り向いて、何がいいですか、と尋ねた。 「そうだなー。じゃ、お前がうまいと思ったものを」 わかりました、と頷いて出て行く少年は、今までになく感情豊かだ。 「うーん。ちょっと悔しいな。なあレガート」 いいながら、ブウサギの背中を撫でる。 『懐く方のレガート』は、ぶう、と独特の鳴き声を上げた。 ガイは、あちらこちらの屋台に引っ張りまわされたあげく、ようやく人通りの少ない路地で息をついた。 ここに至って、仮面を外す許可を何とかやっと取り付けて、頭の後ろで結んだ紐を解くと、海の香りのする風が、仮面のせいで蒸した額から鼻にかけて、妙な爽やかさをもって吹き付ける。 レガートは大人しく、先ほど屋台で買った焼き鳥にかぶりつきながら、水道橋から流れ落ちる水を見つめていた。 ガイ自身は知らなかったが、ここはレガートと、ガイの姿を借りたシルフが、初めて出会った場所だった。 レガートにとっては居心地の悪い沈黙ではなかったが、ガイにとっては、どうにもすわりが悪かった。これが不自然な状況なのは明らかなのだ。 「…どういうつもりなんだ?」 出来るだけ何気なく尋ねると、レガートは水道橋から視線を外し、顔だけガイの方に向けた。 「俺をこんなところに連れ出して、…あの日の続きをするとか、思わなかったのか」 レガートはぱちぱちと瞬きして、それからすい、とまた視線を水道橋に戻す。 「あー…まあそりゃちょっとは不安だったけど」 「けど?」 「お前とやっぱり、ゆっくり話したいと思ってた。…この一年、ずっと」 彼はそういうと、今度は身体ごと、ガイの方に向き直った。 「最後に会ったとき、俺は錯乱しちまってて、何も話せなかったろ。でもそれじゃ駄目だと思った」 レガートの碧の瞳は、傷つけられてもなお真っ直ぐなままだった。それが眩しくて、ガイは目を伏せるふりをして、彼から視線を逸らす。 既に日は落ちつつあり、あちらこちらで譜業灯が点きはじめている。今日は祭りだからなのか、水面にきらめくそれは、いつもより華やかに見えた。 「俺はどうしてお前があんなことをしたのか、理由が良くわからない。知りたいんだ。…それに、どうして俺を生かしたのかも」 レガートの静かな声は、遠くから聞こえる楽の音と交わりながら、圧倒的な存在感で、ガイを断罪している。 だから次の言葉は彼にとって、意外のひとことに尽きた。 「なあ、ガイ。お前、もし、俺が偽者だったとしたら、…ファブレ公爵の本当の子どもじゃなかったとしたら、どうしてた? それでも俺を生かしたか?」 ガイは絶句した。そして、レガートが、自分の正体を知ってしまったのではないだろうか、と気付き、愕然とする。 黙りこくるガイの様子に、レガートは俯き、だんだん表情も暗くなっていく。ガイは焦ったが、うまい言葉はみつからないままだった。 ただひとつの真実しか、そこにはない。 「俺にとってのルーク・フォン・ファブレはお前だよ」 レガートは黙って、ガイの言葉を聞いていた。その真剣な表情からは、しかし、相手がどこまでを知っているのか、窺うことはできない。 ただの仮定なのか、それともレプリカと知ってのことなのか。お互いに腹を探り合っているのはわかるのに、その中身を知ることはついに出来なかった。 曖昧な言葉で濁すしかない自分を歯がゆく感じながら、ガイは自分なりに誠意を持って答えた、つもりだった。 「例えお前が、記憶を失う前のお前と違う人間だったとしても、俺は多分同じことをしただろうな」 「…そうか」 「ああ」 ガイは頷きながら、レガートが、この言葉を、言葉通りに受け取ってくれればいいと思った。 レガートは、それきり黙って、いつかと同じ柵に寄りかかった。そうして流れ落ちる水を見つめる。 ガイも彼と同じように隣で、彼と同じ景色を眺めていた。今はこれが精一杯なんだろう、とお互いどこかでわかっていた。 ぽつり、とレガートが呟いた。 「この海はさ、どこに流れていくんだろう」 妙に心細い声で、ガイは思わず、ルーク、と名を呼んだ。 隣に佇む少年は、ぼんやりと滝の流れ落ち、吸い込まれる先を見つめている。 「こんなに大きな流れに飲み込まれてさ。行き場所を見失ったりしないのかな」 「しないだろ」 レガートは、まるで何かに吸い寄せられるように、隣の青年の顔を見上げた。 気負いも何もなく言い放つガイは、いつの間にか、祭りの灯りにきらめく滝に視線を戻していた。 レガートと同じように柵にもたれて、煌きながら落ちる水を、その瞳に映している。けれど、視線はどこか遠くに向けられているようだった。 「海流には、必ず決まった流れがあるんだ。預言と同じように」 「…預言、か」 その言葉はちくりとレガートの胸を刺す。けれどガイはそんな彼の様子には気付かずに、ただ淡々と続けた。 「流れに乗せられてる間は、どこに進むかはわからないかもしれない。だけど、かならずどこかで、終わりが来る。あるいは」 「あるいは?」 そこで初めて、ガイとレガートの視線は、真正面からかち合った。 離れていたのはたった一年、なのに、随分と長いこと、相手の顔をきちんと見ていなかった気がする。 いろいろな変化があった。互いの距離は、今はこんなに近くて、遠い。 レガートの、闇に溶ける黒い髪を撫でて、ガイは微笑んだ。ふと、レガートは、ガイがレガートに触れるのは、再会してからこれが初めてだということに気付いた。 「はじまりの場所に戻る。海の流れは廻るからな」 「はじまり…」 そうだ、とガイは頷いた。彼はもう一度レガートの頭を撫でて、柵から身を離した。 「なあ、ルーク。お前、『レガート・ミルテ』の名前の意味を知ってるか」 「え?」 「俺からの宿題だ。次に会うまでに、調べておくこと」 ガイはそういって、にっと笑った。レガートがまだ屋敷にいた頃に見たことのある、優しい笑顔だ。 「じゃあな、土産は俺から陛下に何か渡しとくよ。…っと、忘れるとこだった」 「うん?」 ガイはごそごそと上着のポケットをあさると、小さな紙袋を取り出した。あ、とレガートが声を上げる。 「おまえ、なんでそれ…」 「落し物だ、『ルセル』。なかなか美人だった」 いいながら、彼はレガートの手にその袋を落とした。口をぱくぱくとさせているレガートに、彼は人の悪い笑みを浮かべて、囁いた。 「俺が代わりたかったぐらいだ」 青年の姿はそのまま、いつぞやの音素の意識集合体のように、人ごみの中に紛れて消えた。しばらくして、取り残されたレガートは、呆然と呟く。 「…代わりたかったって、まさか、女装をか?」 彼ががシルフの残した仮面を持っていってしまったことに気付いたのは、家に帰り着いてからだった。 ------- これのシリーズの本編は一応終了。 今回の裏コンセプトは「してやられるジェイドとガイ」。 PR |
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