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「獣の会話-the past time part 1-」
獣の会話過去編前編 初出:2006/8/27 獣の会話-the past time part 1- ピオニーは大変困っていた。 彼が困惑することなどないと言われているが、それは嘘だ。彼も一応人間であるからして、目の前に起きたちょっと信じたくない事態に現実逃避をするくらいのことはあった。 ただ、彼が周りの人間にそういう事態をもたらす方が、圧倒的に多いというだけの話であって。 「…お前、それで、これをどうしろって?」 彼の親友の死霊使いジェイドは、その端整な顔に、にっこりと美しいと評判の、ピオニーからしてみれば不気味以外の何物でもない笑顔を浮かべた。 「何とかしてください、と言ってるんです」 普段周りを困らせてばかりなんだからこういうときぐらい役に立って見せやがれこの馬鹿皇帝、という副音声が、通常の人間と同等の聴覚しか持たないはずのピオニーの耳に聞こえたのはおそらく幻聴であろう。いやむしろそうであってくれ、と彼は願った。 ここは天下のマルクト皇帝、ピオニーの私室である。いやそのはずだ。 その、広大な帝国を統べる至高の地位にあるはずの人物の部屋に、朝一番に飛び込んでくるなり床に転がされた血まみれのかたまりは、どう見たって人間の形をしていた。 そもそもの始まりはその日の深夜に遡る。 ジェイド・カーティスはたまたまその日仕事が長引き、邸に帰れるようになったのが既に朝方近い時刻となっていた。 彼はひたひたと自分の背後にせまる、すでに慣れた、けれど見知らぬ気配に、相手には気付かれぬように溜息をついた。 仕事でこっちは疲れているのだからいいかげんにしてくれ、と言ったところで、こういった手合いには好都合なのだろう。ジェイドは人の少ない裏通りに入り込んで、そして振り返った。 「いいかげん鬱陶しいので出てきたらどうですか。今日の私はちょっとばかり機嫌が悪いので、手加減できるかどうかは保証しませんが」 ぬらりと闇をぬって出てきた男に、ジェイドは今度は隠しもせずに溜息をついた。見るからに頭の悪そうな、図体ばかりのでかい男だ。 「それで私に何の用ですか」 「死霊使いを討てば、俺の名も上がる。――覚悟!」 これはまた最低に頭の悪い。ジェイドはコンタミネーションで収納されていた槍を具現化させ、男の剣戟を受け流した。 街中で戦闘をするのはいただけないが、この場合仕方がないだろう。適当に痛めつけて軍本部に突き出すか、それとも海中に放り捨てることになるか。 今日は潮のにおいが強い、と最後にそれだけを思って、ジェイドは槍を構えた。 結局男を軍本部に突き出し、ジェイドは今度こそ帰路に着いた。 自分が引き取ったあの子供は既に寝ているだろう。それにしてもこんなに帰宅が遅くなってしまったのは、彼を引き取ってから初めてではないだろうか。 今日は遅くなると事前に連絡はしておいたから、大丈夫だろうが、しかし。 何かが引っかかった。 その違和感は、自分の邸の前に立って、さらに大きくなった。 張り巡らしていた筈の防護譜術が破られているのだ。 まさか、と思いながら、家の中に駆け込む。自分の部屋ではなく、最近引き取った子供の部屋のほうに、何らかの気配があった。 ジェイドは子供に与えた部屋に飛び込んだ。果たしてそこには、脅える子供と、見知らぬ金髪の青年の姿があった。 「ルーク!」 呼びかけに反応し、びくり、と子供が震える。ジェイドの姿をそのみどりの瞳に映した瞬間、彼はほっとしたような表情を浮かべた。 それが青年の気に食わなかったのだろう。青年は甘ったるい声で、ルーク? と子供の名を呼んだ。 「どうして脅えるんだ、ルーク」 その中に含まれた苛立ちを、子供は僅かなりとも感じ取ったのだろう。さらに彼から離れようとする子供の細い腕を、青年は許さないとばかりに掴んだ。 「逃げるな」 青年の注意が子供に向いている間に、ジェイドは詠唱を完成させた。 「エナジーブラスト!」 青年はルークの手を離してつきとばし、自分もあっさりと光の弾を避けた。避けられた光の弾は威力を抑えてある分爆発も小規模なものだったが、それでも部屋にすえつけた家具がいくつか揺れた。 ジェイドはその間にルークとの距離を詰め、その細い身体を腕の中に収める。 舞い飛ぶ塵の収まった部屋の中で、青年の冷たい色の瞳がぎらぎらと輝いた。 「ルークを返せ。…そいつは、俺のものだ」 「お断りします」 冷たく突っぱねて、ジェイドは青年を観察した。 金色の髪に青い瞳。暗いので顔立ちは良くわからないが、それでもある程度整った顔をしているのだということが知れる。 ふと、腕の中で異常なほどに震えているルークに気がついた。 「…ルーク?」 声をかければ、こどもは、さらにぎゅっとジェイドの服を掴む。 「…あれが、ガイ、だ」 ガイ。頭の中で、その名前を繰り返す。そしてはっとした。 「まさか…ガルディオス伯、ガイラルディア・ガラン…?!」 「ご名答」 返事をしたのは青年の方だった。 「そいつは俺が復讐を誓ったファブレ家の、最後の生き残りの一人なんだ。…返してもらおう、死霊使いジェイド」 「お断りします、と言ったはずですが?」 「ならば力ずくでも!」 そういって青年が腰に佩いた剣を抜いた。特徴的なつくりをしたそれは、ぎらりと月光の元で輝く。 「ほう、勝てるとお思いですか?」 ジェイドも右腕から槍を現出させた。強がりでも脅しでもなく本気で言っていることが伝わったのだろう、青年が憮然としたのがわかった。 「…勝ってみせるさ。ルークを手に入れるためならな!」 言いざまに青年の剣がジェイドに向けられる。ジェイドはルークを下がらせ、槍でそれを受け流した。金属がぎしりと音を立てる。 青年はぱっと離れて、そしてまた鋭い突きを放った。的確に急所を狙うそれを避け、ジェイドは槍を青年の腹部に向ける。 リーチが長いのはこちらだから、その分離れて戦えばこちらの方が有利だ。それは相手もわかっているのだろう、出来るだけこちらに張り付くようにして鋭い斬撃を浴びせてくる。ジェイドはそれを受け流すように軽く避けて距離を詰め、青年の首筋に鋭い手刀を叩き込んだ。 ぐ、とうめきを上げて青年が膝をつく。しかしまだ気絶まではいたっていないのだろう。痛みに耐えながら、それでも彼は鋭い視線を外すということをしなかった。 その頭に、遠慮もなく鉄板仕込の軍靴で蹴りをくれてやる。下手をすれば死ぬが手加減は心得たものだった。 今度は声もなく倒れた青年を、ジェイドは複雑な表情で見下ろした。 気付けば、夜がもう明けていた。 「…で、こうなったわけか」 青年の頭が血まみれなのは、ジェイドの軍靴に蹴られて額の皮膚が切れたからだった。 ピオニーはどうしたものかと頭を抱えた。 「ファブレ家殺害の下手人、か。下手にキムラスカに差し出してもこっちの貴族の非難買いそうだし、だからっつってこのタイミングでホド戦争の生き残りを貴族に復帰させても、絶対に向こうに怪しまれるだろうしなあ」 ピオニーは即位してまだそれほど長いとはいえない。周囲は彼の実力を測っている最中なのだ。 それなのにこんなやっかいごとが、二つも転がり込んできて、ピオニーは正直本気で頭が痛かった。 「まあ、彼が貴族に復帰したいかどうかは別としても。…とりあえず捕まえたはいいとして、私も正直扱いに困っています」 「…レガートもいることだしな」 ジェイドは黙ったまま、目の前に伏している青年を見やった。 己の生み出した技術の犠牲者に、またこんなところで出会うとは。なんて、思っているに違いないとピオニーは思った。 ホドはレプリカ技術の実験場だった。それをキムラスカに奪わせないために、あの場所は見殺しにされた。地に落とされた。 しかし今、ジェイドの傍には、そのレプリカそのものの少年もいれば、滅ぼされたホドの亡霊もいる。 ホドを滅ぼした罪はしかし、ジェイドだけのものではない。 はあ、とピオニーは溜息をついた。 「わかった。こいつは一応、俺が預かっとく。処遇は後で追って連絡させる」 「ありがとうございます」 礼を言ったジェイドに、ピオニーが案じるような声をかけた。 「…レガートの様子は?」 「まだ、目は覚めていないですね」 「そうか。…まあ、できるだけ、傍にいてやれよ。見た目もだが、中身はそれ以上に子供なんだから」 「…言われなくてもわかっています」 「今日はあんまり苛めてやるなよ」 あまりといえばあまりの言葉に、ジェイドは呆れたような視線をピオニーに向けた。 「あなたは一体私を何だと思っているんですか」 「だってお前、好きな子ほど苛めるタイプだからなあ」 ピオニーがそう言うと、ジェイドは心底嫌そうな顔をして言った。 「誰があんな子供を好きになんかなりますか」 失礼します、と言ってさっさと部屋を出て行ったジェイドを見送って、ピオニーは深く深く溜息をついた。 「…ずーっとあいつが寝てる医務室ばっか気にしてたくせに、今更何言ってんだかな」 PR |
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