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「大人の事情」
「ぬかるむ大地に~」後挿話 ピオニー陛下の独り言。 初出:2006/7/23 大人の事情 少年の背中を見送り、一人残された大人は、苦い笑顔で呟いた。 「全く、どうしたものか」 レガートの――ルークの持つ、ピオニーへの忠誠心。それは、彼にとっては生きる理由、絶対の理由とも言えるものだった。 自分の世界を奪われ迷う子供に、名前を与え居場所を与えた、そのことを後悔する気は毛頭ない。それが罪だと言うなら、先に手を出したジェイドも同罪だ。 (しかし、そうなら今、俺が感じているこの苦い思いは一体なんだと言うのか) 人の命を、その重みを知りながら素知らぬふりをして駒として扱うこと、また扱えること。 それが統治者に必要とされた素養であり、課せられた義務であり、それを破ることは即ち、国を喪うことにつながることも十分ありうる。 例えその結果として捨て駒に選ぶことになるのが、己のもっとも信頼する友であっても、ピオニーはためらわない。ためらうことはあってはならない。 『大人』としての狡賢い生き方は疾うに身についていたはずだった。 レガート・ミルテに与えた任務は、簡単な使いっ走りのようなものだった。ジェイドとの任務に行くことができずにくさくさしている彼の不満を、別の任務を与えることで発散させてやることが、目的のひとつだった。 ジェイドに与えたキムラスカ行きの任務には、どうしてもレガートを加えるわけには行かなかった。彼はマルクト軍の切り札であり、そして同時に大きな火種でもある。 そのために事前に彼の配属をジェイドからフリングスの隊に変えさせ、気付かれないように綿密な準備を行ってきたのだ。 あの聡明なジェイドがキムラスカにレガートを――『ルーク』を連れて行くような愚行を犯すとは思えない。だが、『ルーク』自身が望んだならば、話は別だった。彼の行動力にはなかなか侮れないものがあるということを、ピオニーはその身を以って知っていた。 あの少年は、いざとなればタルタロスにだって忍び込むことを辞さないだろう。その証拠に、彼がグランコクマを飛び出す準備を密やかに行っているということを、皇帝は既に耳にしていた。 そして当の死霊使いはというと、おそらくは彼自身が思っているよりもずっとずっと、その養い子を愛していて――つまりは甘いのだということを、長年の親友であるピオニーは知っている。仕方ないと溜息をつき、何かしら条件付で譲歩してしまう様が目に浮かぶようだった。まさに悪夢だ。 だからレガートに命令を与え、ジェイドの任務に同行しないことを承知させた上で、一人で――正確には二人でだが、セントビナーへと向かわせた。 レガートは、ピオニーの命令にだけは、絶対に逆らわない。 レプリカルークを作る際に、自分たちの幼馴染が一枚噛んでいた可能性があることは否定できない。 ダアトの六神将とやらの中にその名を連ねるかつての友人の姿は、今でも容易に瞼の裏に思い浮かべることが出来る。 キムラスカがレプリカルークの存在――正確には現在の生存――に、気がついているかどうかは未だ不明だ。だが、ダアトの高層部は既に知っているということは確実だった。 そもそも、導師イオンのところにジェイドを行かせたのは、その事実関係を確認する意図もあってのことだ。 誘拐されたということになっていた『ルーク』を発見したのは、神託の盾の六神将を束ねる男、ヴァン・グランツ謡将だったという。つまりそれが、犯人の名前だ。 レプリカルークを生み出した――つまり、生物レプリカの禁忌を破った罪人の名を知ったときのジェイドの表情を、自分は忘れることはないだろうとピオニーは思う。 あれほどの怒りを、彼の表情から見て取れたことは、親友の自分でも数えるほどしかなかった。 レプリカを作り出した罪を、ジェイドは今でも引きずっている。特に『ルーク』が現れてから、その罪悪感は増すばかりだった。 ルークが自分を責める度、苦しそうな顔をする親友を、ピオニーは知っていた。 自分が与えたレガートという名にすがるルークに、苛立ちの目を向ける親友のことも。 ルークが自分を否定すればするほど、ジェイドの罪の意識はさらに強くなる。しかもそれをどうにかすることは、他人でしかないピオニーには出来ない。 もどかしくて、歯がゆい思いを、抱えているしかないのだ。 ピオニーにはひとつ、願うことがあった。 願いを込めて、自分の名に、存在に惑う『ルーク』に、レガート・ミルテと言う名を与えた。 (逃げるな、『ルーク』。お前がお前であるということから。…もっともこれは、俺が――別の名を与えた俺が、言うべきことではないかも知れんが) 今の彼には不可能であったとしても。 いつか少年が、自分からその名を捨てられる日が来るように。 皇帝は、ひそかに願う。 PR |
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