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2007 07,15 10:47 |
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悲劇の幕開け
ジェイド編開幕 アクゼリュス崩落直後。 目的地がなくなってしまった。 その報告を聞いたのは、迂回に迂回を重ねた末にようやくたどり着いたケセドニアで、さらに数日足止めを喰らった後のことだった。 内心呆然としながらも、少し眉を寄せただけで、それ以上は表面上に際立った変化を見せないジェイドに対して、マルクトの領事はやや困惑しながらも、焦燥を混じらせた顔で、さらに気の重い報告を付け足した。 ジェイドはそれを聞いて、自分たちが罠の中に囲い込まれた獲物であることを、確信せざるを得なくなった。 The tragedy has begun. (愛していると、明かりをつけて) 大切な話があるからと自分と同室のガイに声をかけ、隣のティアとアニスの部屋のドアをノックした。 ジェイドのただならぬ様子を察し、幾分緊張した顔で、ティアが何があったのかと問う。 「やられました。六神将に出し抜かれました」 同行者達に報告するには気の重い事実を、ジェイドはいつものように、至極あっさりと述べた。少なくとも、そうであると自分では思っていた。 「昨日、アクゼリュスが落ちました」 一瞬の沈黙。同行者達の頭に、その事実が浸透するのを、ジェイドは待った。 「…落ちました、って…どういうことですか大佐?!」 静寂を破ったのは最年少の少女だった。 ベッドの脇で荷物整理をしていたらしいアニスが、立ち上がりざまに叫ぶ。その手からどさりと紙袋が落ち、赤色のグミがぱらぱらと零れた。 入り口の傍にいたガイと、アニスの隣にいたティアも、それぞれに顔を蒼くして、突然の凶報をもたらしたジェイドの様子をじっと窺っている。 キムラスカの領事から呼び出されたアッシュに同行したナタリアは、まだ戻っていないようだった。おそらく今頃は彼らも、目の前にいる若者達と同じ話を聞いて、同じような反応をしているのだろうと、ジェイドはどこか他人事のように思った。 「文字通りの意味ですよ。大地が崩落したんです」 「そ…んな、そんなのって」 呆然とした表情で、アニスが絶句した。 「六神将の狙いは、どうやらこれだったようですね。…認めたくはありませんが、残念ながら私たちは、敵の策略にすっかりはめられてしまったようです」 そう、道のいちいちを塞がれさんざん遠回りさせられたあげく、昼夜を問わず、不自然なほど多くの魔物やら盗賊やらに襲撃され、あげく執拗に六神将自ら出向いてジェイドたちを足止めし、止めとばかりにケセドニアで待機していた筈の船は乗る直前に壊され沈められて、代用船も結局間に合わなかった。 「詳しいことはまだわかりませんが…ひとつ、気になることを聞きました。念の為、ナタリアたちが帰ってきたら、すぐ出立できるよう準備をしておいてください」 「…何故ですか?」 低い声をしたティアが、すっと目を細めた。何故傷つきたがるのかと、どこかで勝手なことを思いながら、ジェイドは婉曲的に答えを口にする。 「ローレライ教団からは、こんな連絡が来ているそうです。――アクゼリュスには既に、大使一行が到着していた、と」 少女は一瞬、痛みに耐えるように、強張った表情をした。それってどういうことですか、と詰問してくるアニスに、私のほうが聞きたいですよと返しているうちに、彼女の瞳の揺らぎは止まる。 「…そう、ですか。わかりました」 彼女にはおそらく、うっすらと原因がわかっていたのだろう。静かに頷き、ジェイドに背を向けるように、あまり散らかってもいない荷物をてきぱきと片付けはじめた。 一旦ガイとアッシュと共同で取っている部屋に戻ると、ジェイドは自身の荷物の確認を行った。同様に黙ったまま、自分のベッドの上で同じような作業に取り組むガイを、ジェイドはいささか不審に思ったが、敢えて尋ねることはしなかった。 袋の口を閉め、黙ったままでアッシュを待つ。不意に空気が動いた。目の前の、二人分くらい離れた距離に、ベッドから移動したガイが立っている。その顔には何の表情も無かった。 感情を忘れ去ったまま、人形のような瞳をして、ガイは言った。 「つまり、ルークは死んだんだな?」 あまりにもあっさりとした、その平坦な口調に、ジェイドの中でざわりと何かがうごめく。 「死んでませんよ」 ぴしゃりと、しかし確信のないことを口にする。おそらくガイの言っていることは正しい。それ故に彼がそれを言うのを、ジェイドは許せない。 ガイはそんなジェイドに対して、どこか呆れたような顔をした。 「適当なこと言うなよ。それともそんな報告でもあったのか?」 「雪山に放り出されて生き残る子供が、地面が崩れたくらいで死ぬものですか」 お互いに温度の低いやり取りを淡々としている。不毛だ。詮無い事だ。分かっているのに、信じたくない。そんな自分をジェイドは、知りたくはなかった。 「あの、アッシュの身代わりになって、ルークは死んだんだろう、ジェイド」 「まだ推測に過ぎません。…大使一行を名乗る偽者が、レガートのこととは限らない」 「ルークだけが死ぬのは、不公平だと思わないか」 「遅かれ早かれ人はいつか死ぬものですよ。それに勝手に、他人の子供をことを殺さないでくれますか。はっきり言って不愉快です」 「なら俺もはっきり言わせてもらうがな。いいかげんに現実見ろよおっさん、いい年して夢見てんじゃねえ」 「やれやれ、やつあたりですか。見っともないですよ、ガルディオス伯爵」 「今のあんたの方がよっぽど見っともないと、俺は思うがな」 こんな下らない言い合いをしている自分たちは確かに見っともない、とジェイドは自嘲気味に思う。自覚していながらも、何処にも遣りようのない感情が自分を支配していくのを、止めることはできなかった。 険悪な空気の部屋の中に、重いノックの音が飛び込む。誰何の声を上げると、ローレライ教団のものですが、と控えめな返答が帰ってきた。 ちらりとガイの表情を窺うと、凄まじい凶相が浮かんでいた。自分もあそこまでではないだろうが、それなりに酷い顔をしているだろう、という自覚のあるジェイドは、せめてもの無表情を浮かべて扉を開いた。 ローレライ教団の制服を着た青年が、扉の前でじっと待っていた。彼は、これを、と言って、ジェイドに白い封書を渡した。 「導師イオン様からのお手紙をお持ちいたしました。港に船をつけてありますので、準備が出来ましたらおいでください。詳しいことはその手紙をお読みください」 怯えているのか、そわそわと帰りたそうな素振りを見せる青年を、ジェイドはあえて引き止める。 「そうですか。…因みに、船の行き先は?」 「ダアトです。導師様のご命令で、あなた方をローレライ教団の本部へとお連れすることになっております」 それではこれで失礼します、と足早に去っていく青年の背中が見えなくなる前に、ジェイドは扉を閉めた。 取って喰うわけでもないのに、と、心の中で失笑しながら、ジェイドは手紙を開封する。事務的な内容がつらつらと並べられ、最後に導師のサインと印章が並んでいた。 「罠だな」 「さて、どうでしょうか。少なくともこれで、彼の生死は確認できますよ」 ガイが嫌そうに顔をしかめた。言外の意味をきっちり察知してくれたらしくて助かると、ジェイドは嫌味交じりで思った。 しばらくして、何とか気を取り直したらしいガイが、負け惜しみとも取れる言葉を呟いた。 「…ま、六神将の本拠地でもあるわけだからな。手間が省ける」 何の、と聞くような愚をジェイドは犯さなかったが、代わりに、確かに嫌がらせくらいならいくらでも出来ますね、と、微妙に外した同意はしておいた。 ジェイド自身はというと、ただの嫌がらせで済ませてやるつもりは、全く以って無かったのだった。 準備を終えて港に向かうと、教団員の言っていた通り、連絡船がマルクト側の港に付けられていた。ここから乗船するのはジェイドとガイだけで、残りの同行者達はキムラスカ側から乗船するのだと、アッシュたちの荷物を受け取りに来た教団員が言っていた。 いかにも罠らしいと皮肉っぽく呟くガイに、心の中でだけ同意して、ジェイドは先に船に乗り込む。 ――そしてそこで、信じられない人物を見た。 「…導師イオン?」 遅れて乗り込んだガイが、呆然として呟く。 潮風にはためく白い法衣を纏った少年は、困ったような微笑を浮かべて、ジェイドたちに挨拶をした。 「アリエッタに無理を言って、こっそり連れてきてもらったんです。こうでもしなければ、あなた方には会えないと思ったから」 イオンはそういって、船室の方を指した。 「僕は、あなたがたにお話しなければならないことがあります。…どうぞ、中へ。ここでは人目につきますから」 |
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