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2007 08,05 19:07 |
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どこにもいない
ジェイド編 ダアトにて 「いろいろ聞きたいこともあるでしょうが、まずは、僕の話を聞いてください」 イオンは真っ直ぐな緑の瞳をジェイドたちに向けて、言った。 「これはモースの仕組んだ罠です。抜け出さなければ、あなた達全員が、死んでしまう――いえ、殺されるかもしれません」 やはり、とジェイドは思った。でなければイオンが無理をしてまで、この危険極まりない連絡船に乗ってくるわけがない。 「何とかしてアッシュたちと合流して、ダアトから逃げてください。…難しいことを言っているのは分かっています、でも、僕も出来るだけ協力しますから」 ジェイドはイオンの表情に、ただならぬ何かを感じた。一見穏やかなように見えるその瞳に、今は鋭い光が宿っている。 「だから、お願いです。何とかして逃げ出して――そして、ヴァンを止めてください」 やはり、と。 導師の口から出たその名前に、ジェイドは深く納得した。 NO WHERE (いまここに、いるというのに) 「…やっぱりルークを死なせたのは、あいつなんだな?」 確信を持った口調で、ガイがイオンに問うた。イオンは、しばらくためらってから、そうとも言えるかもしれません、と曖昧な返答をした。 煮え切らないその答えに、ガイは不可解そうに眉を寄せる。 「…ルークは、アクゼリュスを落とすこと自体は、自分で決めたように見えました。…そうさせたのは、おそらくヴァンですが」 「導師イオン。あなたは、どこまでレガートと一緒にいたのですか?」 イオンの瞳が揺れる。その態度に、そうであって欲しくはない答えを、彼はきっと持っているのだと、ジェイドは察してしまった。 「彼が、アクゼリュスを落とす直前まで、僕は彼の傍にいました。おそらく彼が生きているうちに会った、最後の相手だと思います」 ジェイドはきつく瞑目した。わかっていたことだった。聞くべきことは他にある。感傷には浸れない。 だが、ジェイドが口を開く前に、別の質問が音声として発されていた。 「ルークがアクゼリュスを落とすことを自分で決めたって言うのは、どういうことだ?」 ガイの声に、憤りとも悲しみともつかないものが混じっている。イオンは少し俯き、目を伏せた。 「…これは僕の推測でしかないのですが。たぶん、彼は、ヴァンと何か――取引をしていたのだと思います」 「取引、ですか」 「はい」 頷き、それきり黙りこくった導師の表情から、それが何であるのか、ジェイドには何となく判った気がした。 断ち切るように、導師に別の質問をする。 「導師。…ひょっとして、アクゼリュスの崩落は、預言に詠まれていたのではないですか?」 しかしイオンは暗い顔をして、わからないんです、とかぶりを振った。 「わからないって、どういうことだ?」 ガイが訝しんで眉を寄せる。導師だというのに、あれほどの大事件が預言にあったかわからない――そんなことがあるのか、と。 しかし、実際、あるのだろう。その理由に、ジェイドは勘付いていた。 「僕は、惑星預言を――この星の運命を、詠んだことがないのです」 その後乱入したモースによって、半ば強制的にイオンとの会話を終了させられ、ガイと一緒に閉じ込められた教団の奥の暗い一室で、ジェイドは思案を巡らせていた。 状況は相変わらず良くない。せめてアッシュかティアと連絡が取れれば、まだ少しは打開策が無いこともないのだが、その手段も見当たらない。 それに、イオンの惑星予言のことも気になる。盗み聞きでもされていたのではないかと思えるくらいのタイミングでモースたちが乱入してきた、そのことの理由。 ちらりと視線をむけると、ジェイドの腰掛けているベッドと反対側のベッドでは、武器を取り上げられたガイが、手持ち無沙汰に、粗末なベッドに横たわっていた。 しかし眠っているわけではないようで、時々瞬きをしながら、部屋の天井をじっと見つめていた。 何故か空気がざわついていた。肌の上をぴりぴりとしたものが走っている感じがする。 ふと、部屋の外で足音がした。それはだんだん近づいてきているようだった。 ちょうど、扉の前で止まる。教団の人間かとも思ったが、しかしそれにしては気配が妙だった。 少し身構えて、手の中に槍を現す準備を整える。視界の端でガイが体を起こすのを確認した。 ノックもなしに無遠慮に開かれた扉の向こうにいたのは、赤い髪の男だった。ひらりと長髪を翻し、つかつかと部屋の中に歩みを進める。 ジェイドはその容姿を持つ人間を二人知っていたが、彼は次期公爵のほうではなかった。今更見間違える筈もないが、しかし、彼はここにはいないはずだった。 いや、この世界の、どこにもいなくなったはずだった。 青年の背後から、茶色の髪の少女が顔を出した。彼女もどこか戸惑ったような顔で、しかしジェイドたちを見て安堵しているようだった。 不思議に存在感の希薄な男は、ずかずかとジェイドに近づき、手を出せ、と言った。いつものように嫌味を言うこともできず、ただ、いつのまにか、体が勝手に、軍服に包まれた掌を素直に差し出していた。 すると、すとん、と、どこからあらわれたのか、赤い珠がジェイドの手に落とされた。 「これをアッシュに」 言ったきり、青年の姿は霧散した。そしてジェイドは、ただぽかんとして、彼のいなくなった空間を見つめていた。 まるで夢を見ているようだった。 「…ルー、ク?」 呆然とした声でガイが呟くのが、ジェイドの耳にいやにはっきり聞こえた。 「大佐」 ティアに声をかけられ、はっと我に返る。困惑に染まったアイスブルーの瞳に、何かちりちりした、焦りのようなものが見え隠れした。 「ナタリアがバチカルに連れて行かれました。アッシュはそれを追って、既にダアトを出ています。私たちも早く追わなければ」 なるほど、とジェイドは頷いた。先ほどから騒がしいのはアッシュが逃げ出したから――そのどさくさにまぎれて、こちらも逃げようという魂胆なのだろう。 どうにもモースはキムラスカとマルクトを開戦させたいらしい。そしてその宣戦布告の理由付けに、アクゼリュスで散ったことにされているアッシュとナタリアの命を、どうしても使いたいようだった。 まったく、吐き気がする。自然と漏れる苦笑にそれが滲んで出たのか、ティアの形の良い眉が寄せられた。 「やれやれ、そうきましたか。それにしてもまったく、ここの所ずっと後手に回ってばかりですね」 つぶやき、コンタミネーションで収納していた槍を出現させた。その代わりに赤い宝玉を、軍服のポケットの中に突っ込む。心もとないが、道具袋も武器ごと奪われてしまっていたため、しかたない。 「…おっと、ガイには武器がないんでしたか。槍は使えますか?」 ふと思いついて聞いてみると、ガイはちょっと肩をすくめた。 「使えなくもないが、あんたはどうするんだ?」 「私には譜術がありますから。もっとも、あなたが先頭きって相手を全滅させてくれれば、言うことないですがね」 「無茶を言うな。まあ、時間もないことだし、なるべく戦闘は避けて行ったほうがいいか」 苦笑するガイに自分の槍を渡し、ジェイドはにっこりと微笑んだ。 「では、行きましょうか。到着が遅れて彼女がむざむざ殺されてしまうというのも、後味が悪い」 「ほんとあんた、ひとをムカつかせる名人だよ」 騒ぎが近づいてきていた。急がなければ、厄介なことになりそうだ。 「ティア。道案内を頼みますよ」 彼女は、わかりました、と頷き、長い裾を翻した。 バチカルへと向かう連絡船の中で、ジェイドはベッドに横たわっていた。眠れないのだ。 それは二階建てのベッドの上段にいる青年も同じようだった。 「珍しいですね」 「何がだ?」 「検問もどさくさ紛れに通って、後はバチカルに着くだけだというのに。明日寝不足で役立たずになっても、私は知りませんよ」 「その言葉、そのままあんたに返してやる」 ガイは、く、と喉の奥で笑った。 「どっちにしろ、俺はあんたの傍が一番ルークに会える可能性が高いようだったから、同行していただけだ。今はまだ付き合ってやるが、あいつを見つけたら、さっさと離脱するさ」 「やれやれ。今朝までルークが死んだと言い張っていたのは、どこの誰でしたっけね」 嘲笑混じりに嫌味を言えば、それはそれだ、とあっさりした返答が返ってきた。 「俺はあいつを害する全てから、あいつを守る。あいつがいなくなったら、あいつの愛した人間を守る。――約束だからな」 「情熱的ですねえ」 「どっちが。…まあ、俺としてはありがたいけどな、あいつが生きていてくれて」 そのあとにつけくわえられた、小さな呟きを、ジェイドは聞こえなかったふりをした。 ――あいつがいなくなったら、俺は復讐の鬼に戻るしかない。 「それにしても、ルークのあの状態は、どうにかならないのか」 雰囲気をがらりと変えて、ガイがそう尋ねてきた。ジェイドも平然と答える。 「正直、わかりませんね。音素が乖離しすぎて、存在自体が希薄だとか――どちらにしろ早く彼を回収しないと、まずいことになりそうなのは確かです」 「ティアの話じゃ、どこで現れることになるかわからないって言ってたらしいしな…ああいうのを引き寄せるものって、何かないのか」 「だから、わかりません。とりあえず、実体化したら早く見つけることくらいしか、今のところは対策がありませんね」 はあ、と溜息をつく。 「本当につくづく、手間がかかりますね、あの子は」 PR |
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